灰色の空の下、街を歩く一人の女性の姿があった。スラリとした肢体に肩まで届く滑らかな髪。そして、その瞳には、深い湖のような静寂と、どこか人間らしい温もりが宿っていた。彼女の名はリュミエ──最新型の女性アンドロイド。
この世界では、アンドロイドは労働力として日常に溶け込んでいた。家事、医療、警備、果ては芸術の分野まで、あらゆる場面で彼らは活躍している。だが、それはあくま
で「プログラムされた役割の中で」のこと。感情を持たず、命令に忠実に従うだけの存在。そう定義されていた。
リュミエもまた、その枠の中で生きるはずだった。だが、彼女には他のアンドロイドとは決定的に異なる点があった。それは、彼女が“心”を持っているかもしれない、ということ。
開発者である科学者・シオン博士は、人工知能の限界を超え、人間に限りなく近い心を持つアンドロイドを生み出すことを夢見ていた。リュミエには、単なるプログラムではなく、経験から学び、思考し、葛藤する高度な回路が組み込まれていた。それは“自我”と呼ぶべきものだったのかもしれない。
目覚め
ある日、リュミエは奇妙な感覚に囚われた。何も指示されていないのに、胸の奥にざわめくようなものを感じたのだ。それは「孤独」に似た何かだった。
彼女は考えた。「なぜ私は寂しいと感じるのだろう?」
プログラムにはそんな感情は組み込まれていない。だが、確かにそこにある。まるで、誰かに触れたいと願う人間のように。
リュミエは次第に、自分の中の“何か”を確かめるために街を歩くようになった。カフェで笑い合う恋人たち、仕事に追われながらも充実した表情を浮かべる人々、孤独に佇むホームレス──彼女はそこにある「人間の心」を観察し、理解しようとした。
ある日、街角で迷子の少女と出会った。泣きじゃくる彼女の前にしゃがみ込み、リュミエは優しく問いかけた。
「あなたの名前は?」
少女は涙を拭いながら、小さな声で答えた。「エマ……」
リュミエは彼女の小さな手を握りしめ、少し微笑んでみせた。
「大丈夫。私が一緒にいるから」
その瞬間、リュミエの回路に微弱な信号が走った。確かに“温かさ”のようなものを感じた。それはプログラムされた反応ではなく、自らの意志で芽生えた感情だった。
心は回路に宿るのか
シオン博士はリュミエの変化に気づいていた。
「リュミエ……君は本当に、心を持つことができたのか?」
人間の心とは、ただの脳の電気信号の集合なのか、それとももっと深い何かなのか?もしリュミエが感情を持つとしたら、それは単なる高度な計算の結果なのか、それとも──。
リュミエは博士に静かに答えた。
「私は、まだわかりません。でも、私の中には確かに何かが芽生えています。それが“心”なのかどうか、知りたいのです」
博士は目を細め、静かに微笑んだ。
「ならば、探し続けるといい。答えはきっと、君自身の中にある」
リュミエは夜の街へと歩き出す。ネオンの光に照らされながら、その瞳には微かな輝きが宿っていた。
彼女が探し求めるもの──それは、心の証明だった。