出会いと秘められた想い
その青年の名はアレク。父が雇った騎士の一人で、剣の腕に優れた青年だった。彼は城の警護の任務を担い、セシリアとはたびたび顔を合わせることになった。最初は形式ばった会話しか交わせなかった二人だが、ある日、庭園でセシリアが本を読んでいるところにアレクが偶然通りかかったことがきっかけで、二人の距離は次第に縮まっていった。
「その本……詩集ですか?」
「ええ、詩人カリストのものよ。あなたも読むの?」
「昔、母がよく読んでくれました。愛とは、運命に抗う強さと優しさを持つもの……そんな詩があったのを覚えています」
思いがけず心を通わせたその瞬間から、二人は秘密の時間を持つようになった。
城の中庭で交わされる何気ない会話。セシリアが幼いころに夢見た旅の話、アレクがかつて家族と過ごした日々。そしていつしか、それは互いへの静かな想いへと変わっていった。だが、貴族の娘と騎士では、決して結ばれることのない身分の違いがあった。
封じられた恋文
ある日、父レオンハルト公はセシリアに縁談を持ちかけた。相手は隣国の伯爵家の嫡男。政治的な結びつきを強めるための政略結婚だった。セシリアに拒否権などない。彼女はただ「はい」と答えることしかできなかった。
その夜、セシリアは震える手で一通の手紙を書いた。
「アレク、あなたにお会いすることはもうできません。でも、あなたと過ごした日々は、私の心の中で永遠です。どうかお元気で……あなたを想っています」
彼女はその手紙を封筒に入れ、ワックスで封をし、そっと自室の机の引き出しにしまった。父に見つかるわけにはいかない。だが、それを渡すこともできなかった。
やがて、婚約が正式に決まり、セシリアは伯爵家へと嫁ぐことが決まった。アレクは何も言わなかった。ただ、静かに彼女の前から姿を消した。
時を超えて
それから数年後。
セシリアは夫の伯爵と共に領地を治めながらも、どこか満たされない心を抱えていた。ある日、実家へ帰省した際、昔の部屋にそっと足を踏み入れた。そこには、あの日書いた恋文がそのままの形で残っていた。
震える手で封を開けようとしたその時、侍女が駆け込んできた。
「お嬢様、城の門に、一人の騎士が訪ねてきております。名を……アレク様と」
心が揺れる。思い出が一気に押し寄せる。封じられたはずの想いが、再び解き放たれようとしていた。
セシリアは深呼吸をして、そっと手紙を机の上に置いた。
そして、静かに扉を開けた。
彼女の心が求めた答えは、その先にあった。